氷イチゴ





「お母さん、早くしてぇ〜」

 千尋はじたばた脚を動かす。

 早く、早く。

 気が急いて、仕方がないのだ。

「もうっ!千尋、動かないで。崩れちゃうわ」

 荻野家の夕方。

 千尋の母は、ゆかたの帯を締めながら言った。

 娘にゆかたを着せてやっているのだが・・・慣れない上に、ちっともじっとしていない娘に、悪戦苦闘中だ。

「行くなら、もっと前から言っておけば良いのに。どうしてその日になって言い出すのかしら。いつもそうなんだから」

 腹立たしさのため、腕にも力が入る。

 千尋は、ぐっ!と息を詰まらせた。

「く、苦しい・・・」

「動いて緩むんだから、このくらいで丁度良いのよ」

 母親は、パンッと千尋のお尻を叩いた。

「はい、出来上がり。結構似合うじゃない?」

 鏡に映る自分を見て、千尋も、そう思う。

去年までの、赤いゆかたではなくて、ベージュを基調にパステル系のトンボが舞っている、落ち着いた雰囲気のゆかた。

 いつも、きっちりポニーテールにしている髪も、今日はゆるやかに結い上げている。

 少しは、大人っぽく見えるかな?

 鏡に向かって、最大限上品に微笑んでみる。

 次は、めいっぱい明るく笑ってみる。

 なかなか、イイ感じ。

「昨日お父さんが『お祭りに行こう』って誘った時には、絶対行かな〜い!なんて言ってたくせに」

「だって、友達に会うかもしれないのに。お父さんと一緒に行くなんて、恥ずかしいもん」

「そんなこと言って、本当はデートなんでしょ?あまり変なことしないでね」

 どういう意味で言っているのか知らないが、相変わらずの淡々とした口調で、母親は言った。

「もうっ!お母さんってばっ!!」



 待ち合わせ場所は、いつもと同じ。

 トンネルの前。

 迎えに行こうか、というハクの申し出は断った。

 ハクに会うまでも、一人ドキドキ、ウキウキしていたかったから。

 千尋が、慣れない下駄に苦労して到着した時には、すでにハクは彼女を待っていた。

 ハクも、ゆかたを着ている。

 普段から、水干姿を見慣れているのに、やはりゆかた姿は新鮮だった。

 しかし、藍染めのゆかたでは、いつもと色合い的には大差ない。

 女物のゆかたの方が、似合うのでは?と正直に口にしたら、どんな反応をするだろうか。

 きっと、「ハク様と呼べ」と言った時のような冷たい目で千尋を見るのだろう、と想像して、思いとどまる。

 千尋がそんなことを考えているとは、露ほどにも思っていないハクは、一歩踏み出して、千尋を迎えた。

 千尋は、少し急ぎ足でハクの元へと向かう。

 もっと早く歩きたいのだけれど、大股で歩くわけにもいかず、思うようにならない。

 もどかしい。

「ごめんね。待った?」

「いや・・・」

 なんだか、恋人同士みたいで、照れてしまう。

 それきり黙りこんだハクの顔を、千尋は覗き込んだ。

「どうしたの?」

 ハクは、ほんのり頬を染めて、ふいっと顔をそらす。

「?・・・何?」

 千尋は、さらに顔を近づける。

 ハクは、たまらず手を二人の間に広げた。

「いや・・・その・・・」

 いつまでも小さな子供のようだとばかり思っていた千尋の大人っぽい様子に、落ち着かなくて照れているのだが、それを口に出したくなくて、口篭もる。

 反らした視線を元に戻すと、相変わらず千尋はじっとハクを凝視している。

 その様が、とても子供っぽく感じられて、ハクは肩の力を抜いた。

 綺麗にして、大人しくしていても、やはり千尋は千尋だ。

 仕種の一つ一つの愛らしさは、変わらない。

 そう思うと、ようやくいつもの落ち着きを取り戻すことができる。

 落ち着きさえすれば、どんなことだって、照れずに言えてしまうのだ。

「千尋が、あんまり綺麗にしているから、気後れしてしまって。よく似合ってるよ」

「あ・・・ありがとっ!」

「じゃぁ、行こうか」

 そう言うと、ハクは、千尋に手を差し伸べた。

 そして。

「転ばなかった?」

 途端、ぷうっと膨らんだ千尋の頬を見て、ハクは笑った。    



 町の大通りの両脇に、所狭しと屋台が軒を連ねている。

 合間を埋め尽くすのは、数えきれないほどの人、人、人。

 この小さな町に、こんなに人が住んでいたのか、と思うほどの人の多さだ。まったく、どこからわいて出たのだろう。

 ハクと千尋は、逸れないように、しっかりと手をつないで歩いた。

 千尋は、少し歩いては、すぐに何かに興味を示して足を止める。

 それは、金魚すくいであったり、ヨーヨー取りであったり、綿菓子や林檎飴であったり・・・とにかく、落ち着きなく、うろうろと歩き回る。

 手裏剣投げで、妙な顔のお面を手に入れた頃、さすがに千尋も疲れて、のどを潤すものを探した。

 せっかく、お祭りにきているのだから、飲み物だって、それらしいものを飲みたいと、きょろきょろ辺りを見回す。

 ラムネ屋さんと氷屋さんを見つけて、ちょっと悩んだ末、氷を食べることにした。

 千尋は、先に駆けていく。

 ハクも、千尋を見失わないように、人ごみをかき分けた。

「私は、イチゴ!ハクは?」

「いや、私は・・・」

 ハクは辞退しようとしたが、千尋の残念そうな顔を見て、仕方なく続けた。

「・・・宇治金時ありますか?」

 青い半被を来た店員のオジサンは、首を振った。 「悪いね、宇治金時はないんだわ〜」

「ハク、メロンにしたら?ほら、色も似てるし」

「色だけだよ・・・」

 ハクは、ずらりと並んだ、色とりどりのシロップを見る。

 こういうのは、あまり得意ではないんだが・・・。

「では、みぞれを」

 結局、ハクは、無難にケバケバしい色を避け、注文した。

「せっかく、綺麗なのに。白いのかけても、氷と同じ色で分かりにくいよ?」

「良いんだよ」

 鮮やかな黄緑色や、水色の氷を食べている自分を想像できない。

 しかし。

 千尋には、似合っているな。

 嬉しそうに、氷イチゴを受け取る千尋を横目で見ながら、ハクは思う。

 氷イチゴの赤い色は、千尋の愛らしさそのもののようだ。

   続いてハクも、真っ白な氷の山を受け取って、二人は人ごみを抜け、歩道脇の花壇の縁に腰を下ろした。

 スプーンとストロー。一つで二役のそれを使って、千尋は器用に氷イチゴを食べる。

 カキ氷初体験のハクは、千尋の真似をして、少しずつ口へ運んだ。

 冷たくて甘い、カキ氷。

 そろそろ祭りもクライマックス。

 打ち上げ花火の時間が迫っている。

「あ、あがった!ハク、見て!綺麗だよ!!」

 振り返った千尋が、氷イチゴで真っ赤になった舌で笑っている。

 その笑顔が眩しくて眩しくて・・・。

 花火なんか、目に入らないほど、千尋が眩しくて。

 時間が止まれば良いと思った。

 可愛くて、甘くて、触れると解けてしまう氷イチゴ。

 ハクは、眼をキラキラさせて花火を見る千尋を、ただ見つめていた・・・。







あとがき

あぁ、季節外れです。もう、秋だというのに、完全に夏の話です。
書き始めたときは、夏だったんですよねぇ(遠い目)。
カキ氷を食べて、真っ赤な舌で笑っている千尋を書きたかったのです。
タイトルにまでなっているのに、ちょっとしか出てきてない(泣)
元気で可愛い千尋になったでしょうか?

それにしても、ワケ解りませんね。自己満足です・・・。
ハクとお母さんの扱いが、同等に近いものがあるような・・・(汗)
いくら、お母さん好きとはいえ、ハク贔屓のハズなのになぁ。

千尋が手に入れたお面は、カオナシのお面です(笑)欲しいなぁ、と思って。
きっと、千尋を送り届けた後、ハクは「メロン食べなくて良かった」と思ったことでしょう(笑)
舌が緑色になっちゃうもんね(笑)





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