碧の約束4





 衝撃。

 今、ハクは何と言ったのか。

 帰る?

 もう?

 どうして?

 千尋の顔色は、今度は青くなる。

「えっ!もうっ!?なんでっ!?やだっ!!」

 千尋は、ハクの着物の袖を握り締めて、ハクを問い詰める。

 理由もなく、そんなことを言うはずがないとは思っても、どうしても納得できなかった。

 説明が足りない、と思う。

 この4年間のことを、千尋は何も知らないのだ。

 あの時、石段の上で、手を離したことを。

 時が経つにつれて、千尋は後悔するようになった。

 離さなければ良かった、と思うようになった。

 帰れなくなったとしても、振り向けば良かったと思うようになった。

 今なら。

 離せない。

 離れたくなくて。

 離れるのが怖くて。

 それなのに。

 やっと会えたのに。

 4年間の空白を埋める時間が、たったこれだけでは、少なすぎる。

 話して欲しい。

 あの後、どうなったのか。

 湯婆婆との契約は、どうなったのか。

 帰るといっても、帰る場所のないハクが、どうなってしまうのか。

 やっと会えたのだから、そのくらい要求しても良いのではないか?

 ハクは、千尋の勢いに当惑していたが、ついっと目をそらして、伏せた。

 その様に、千尋は胸が締め付けられるような気持ちになる。

 嬉しさにはちきれそうだった気持ちが、急に萎縮する。

 目をそらされただけで、こんなにもショックだなんて。

 全てが、凍りついたような、そんな気分。

 気持ちがそのまま顔に出て、眉が下がった。

 今にも涙が溢れそうに潤んだ瞳。

 千尋のそんな表情を見ていられないハクは、千尋の肩に手を置いて、彼女の顔を覗き込むように見る。

「すまない。まだ、私はこちらへ戻ってくることはできないんだ」

「どうして?」

 ハクは、本当のことを言おうか、迷った。

 実は、今、こうしているのも辛いのだ。

 こちらの世界に帰属するものを持たない、本体を持たないハク。

 魔法を使って、何とか存在を保っているけれど。

 その魔法は、まだまだ未熟だから。

 こちらに居続けることは出来ない。

 ここが川でなかったら。

 この川の主が、ハクに協力してくれなかったら、すでに・・・。

 けれど、それを千尋に言ったら、どうなるだろう?

 心配するだろう。

 自分を責めるかもしれない。

 それが耐えられない。

 自分が、危険を承知で、それでも千尋を助けたくて、やったこと。

 千尋のために、という気持ちもある。

 しかし、何よりも、自分が。

 ハク自身が、千尋を失いたくなかったから。

 助けたかったから。

 それなのに、千尋に、責任を感じて欲しくない。

 だが、このまま何も話さずに帰れば、それはそれで、千尋を悩ますことになるだろう。

 それに、全てを説明する時間など、もう残っていないのだ。

 どうすれば良いだろうか。

 千尋を悲しませたくはない。

 再び千尋と会うためにも、今は帰らねばならない。

「せっかく会えたのに・・・」

 千尋は、目を伏せた。

 まだ、離れたくないのは、ハクも同様だ。

「また会えるよ。私は千尋に会いに来る。絶対。約束するよ」

「本当に?」

 ハクの言葉に、千尋は視線だけ上げる。

 ハクは、頷く。

 その反応に、千尋は少しだけ落ち着いた。

 何か、確証がなければ、不安になってしまう。

「でも、それまで、また一人になっちゃう」

「千尋、手を出して」

「手?」

 疑問に思いながらも、手を差し出す千尋。

 恭しく、その手を取るハクの動作が、あまりにもスマートで、千尋の鼓動は速くなる。

「約束のしるしに」

 ハクがそう言うと、キラキラとした鱗が、千尋の指の周りを舞う。

 ビックリして、手を引っ込めようとする千尋の手を、ハクは握って離さない。

 鱗は、キラキラしたまま、指にピッタリおさまってしまった。

 そのまま、すっと指にとけるように見えなくなる。

「えっ!?な、なくなっちゃった」

「皆には見えないが、千尋には見えるはずだよ。見えると思ってごらん」

「見える見える見える見える・・・・・・」

 千尋は、言われたとおりに呟く。

 以前、目の前のことが信じられずに、『消えろ消えろ』と言って、座り込んだことを思い出した。

 あの時は、本当に身体が透けてきた。

 そして、ハクに助けてもらった。

 懐かしくて、大切な思い出。

 あ、見えた」

 指輪だ。

 それも、蒼白く光る指輪。

 ハクの鱗で作られた、指輪。

「離れていても、私は千尋を守るよ」

 きゅっと千尋の手を握りなおして、ハクは言った。

 千尋も、ハクの手を握り返す。

「じゃぁ、ハクは私が守る」

 つないだ手から伝わる、お互いの暖かさが、嬉しい。

 やっと笑った千尋に、ハクもホッとする。

「これは、私の一部だから。忘れないで。私が千尋を想っていることを」

 千尋は大きく頷いた。

「じゃぁ、私は?待ってるって証に、私は何をすれば良い?」

「千尋は、ただ元気で、笑って、待っていてくれれば、それで良いんだよ」

 それだけで。

 ハクは、救われる。

 千尋がいるだけで。

「ん〜」

 だけど、納得いかない様子の千尋。

 必死で、考える。

 そして。

 思いついたのは。








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