湯屋での変化と言えば、皆の成長や老いくらい。
それは千尋のいる世界とは異なる速度での変化。
しかし、ゆっくりとではあるが、着実に時は流れる。
リンは、ハクを見る。
自分は変わった。背が伸びた。髪も伸びた。肉もつき、女らしい体型になりつつある。
しかしハクは。
リンが初めて見た時から、少しも変わらない。
いつまでも、少年の姿のまま・・・。
ハクは一体、何者なのか?
彼は・・・。
リンや他の従業員とは違う。
湯婆婆や坊とも違う。
湯屋の客である神々とも・・・何か違う。
もちろん、千とも違う。
では。
何者なのか?
何のために、ここにいるのか?
ハクは、湯婆婆の弟子だった。
では、魔法を教わるために油屋に?
それにしても、なぜ魔法を身につけたかったのか。
リンは、生きていくため、働かざるを得なかった。
その点は、千と同じである。
ここでは、働かないものは存在することが出来ない。
ハクだって、働かなければ、豚にされてしまうだろう。それは、他の者と同じはず。
弟子として修行するだけではなく、油屋で働いているのは、せいぜい湯婆婆に命令されたとか、生きるため、だろう。
それは、判る。理解も出来る。
しかし、考えても、ハクの正体はわからないのだ。
判らないからこそ、気持ちが悪い。恐ろしい。
自分が恐れていることを認めたくなくて、それを排除しようとするのだろう。
愚かしいけれど。
父役、兄役、青蛙・・・彼らが恐れているのは、ハクの強さだ。彼らはハクの力を恐れているに過ぎない。
リンが恐ろしいのは。
ハクそのものだ。
ハクと言う存在が。
得体の知れないものが。
解らぬから恐ろしい。
知るのも恐ろしい。
触れてはいけないもののような気がして。
ハクは・・・そしてリンは、油屋から出て行くことができるのだろうか・・・。
「あんたが、無駄話するなんて、珍しいじゃん」
リンは、ぶっきらぼうに言った。
丁度エレベーターが止まって、ハクとリンは乗り換えるために少し歩いた。
その間、ハクは無言。
リンは、思いっきり息を吸い込んで、全てため息として吐き出してしまいたいような・・・損な気分になったけれど、口をへの字に曲げる程度で我慢する。
ハクが重い口を開いたのは、再びエレベーターに乗ってからだった。
『成長しているように見えた』とは、何を意味するのか。
「千尋は、それを望んでいる、ということだ。私が千尋と同じ歳月を重ね、同じように成長していることを期待して・・・信じている」
ハクは、ゆっくりと話した。
千尋に会えて、嬉しかった。
同時に、千尋の考えが、千尋がハクをどのように見ているのかが、解ってしまった。
真実を知ったら、千尋の気持ちはハクから離れていくのだろうか。
そんな事は無いと思いたい。ただ、彼女は知らないだけで。
それでも、二人が共にいた時間はとても短くて。会えない時間の方が圧倒的に長くて。その間に千尋が変わらない、とは言い切れないのだ。
ハクには、無心に信じることは出来ない。
千尋とは、違う。
「千が、そんなこと気にするなんて、思ってんの?」
リンは、ハクを異物としてとらえていた。
しかし。
千には、そういった感情はないようだった。
少なくとも、リンが見た限り。
自分もこの世界の中で異物だったからなのかどうかは解らない。
けれど。
ハクに対しては、絶対に。
千はハクを信頼していた。
ハクは、面を上げ、
「リンに言われるとは、思ってなかった」
と、弱々しく笑った。
それでも、少しは気持ちが晴れたようだった。
顔色も、青くはない。
「あんたの弱った顔なんて見たくもないね。無表情か、ふてぶてしく笑ってる方がよっぽど良いんじゃないの?」
居心地が悪くて、リンはそう言った。
「だいたいさぁ、こんなになってまで助けたら、かえって千が・・・」
「私が、助けたかったのだ」
「は?」
「私が。そうしたかったのだ。だから助けた」
リンが再び口を開こうとした時、エレベーターが止まった。
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