◆SWEETS◆2・決戦前夜


◆SWEETS◆2・決戦前夜
 2月13日。
 女の子達の決戦前夜。
 世のお父さん達は、家中に充満するチョコレートの匂いに複雑な表情を浮かべていた。
 娘が作るチョコレートを貰うのは、どんな男なのか……。
 荻野家では?

 夕食後、荻野家の大黒柱は新聞を読みながら鼻をヒクつかせた。
 胸が苦しくなるほど空気を吸い込んでも、先ほど食べたおでんと、自分が飲んだ酒のニオイがするだけだ。
 彼は、隣に座っている妻に訊ねた。
「千尋は?」
「自分の部屋でしょ」
「そうか……」
 自分を見もせずに答える妻の態度に、少々寂しいものを感じる。
 明日はバレンタインデーだ。自分だって、義理チョコではなく妻からの愛情たっぷりチョコレートを貰いたいと思う。
 今年は、期待できないかなぁ〜。
 一緒にテレビを見る振りをして、チロッと横目で妻を見る。
 何気なく距離を詰める。
 顔は正面に向けたまま、そ〜〜っと妻の肩に手を回そうと……した瞬間、妻がいきなり自分の方を向いた。
 まるで悪いことをしていたような気分になり、慌てて手を引っ込める。
「なに?」
 ドキドキしながら訊く。
「あなたは、どこのチョコが良い? ゴディバ? ホテルオークラ? ラ・トゥールダルジャン? ノイハウスが良いかしら?」
 妻は、満面の笑みを浮かべて言った。
 手作りなんて言葉は、彼女の辞書にはないらしい。
 こんな妻の子供だ。娘も手作りチョコレートなんて作らないのかもしれない。

 両親が寝静まった後、千尋は極力足音を抑えて階下へ降りた。
 時々、板がギィ〜と音を立て、千尋はドキリとする。
 現在時刻は午前1時。
 何故こんな時間に起きているのかといえば、他でもない。ハクへプレゼントするチョコレートを作る為、だ。
 随分上達したことに気を良くしていたら、いつのまにかバレンタイン直前! しかもまだ出来上がっていない!! という状況に陥っていたのだ。
 菜子の言うこと、ちゃんときいてれば良かったな〜〜。
 反省はしても、それが生かされることがない。
 マフラーに手間取ってしまったので、チョコレートは練習なしのぶっつけ本番。
 もともと不器用な千尋に、手の込んだものは無理! と判断した菜子は、『ミルク風味のトリュフチョコレート』の簡単なレシピを用意、見本を作ってくれた。
 菜子が作った見本は良く出来ていて、口の中でとろけて本当に美味しかったのだけれど……。自分で作るとなると、不安になる。
 失敗する確立は、限りなく高い。
 ちょっと無謀過ぎたかも……。
 レシピをキッチンの作業台に置いて、千尋はお気に入りのエプロンを身につけた。
 これだけで、ちょっと料理上手になったような気分になるのだから、単純なものだ。
「さてっ。頑張るぞ〜!」

 まずは大量に買い込んできたチョコレートを刻む。刻む。刻む――。
 簡単な作業のはずなのだが、包丁を持つことすら普段はしない千尋の手元は危うい。
 分厚くなったり、手、ギリギリのところを薄く切ったり。
 何度もヒヤッとしたものの、なんとか怪我をせずに刻み終えた。
 次は
「『生クリームを鍋で熱して……煮立ったところで、火を止めチョコレートを入れる』っと」
 千尋は、つぶやきながら勢いよくチョコレートを鍋にぶち込んだ。
 熱くなった生クリームが跳ねて、千尋の顔にかかった。
「あっつぅ〜〜」
 叫びたい心をなんとか抑えて、千尋は小声で言った。
 大きな声を出して、両親が起きてきては困るからだ。
 めげずに、根気強くチョコレートを溶かし、クリーム状になるまで混ぜつづける。
 別容器に移し替え冷蔵庫に入れたところで、ようやく千尋は一心地ついた。
「はぁぁぁぁ〜〜。なんとか、ここまでは上手く出来た……」
 問題は味だなぁ〜。と思いながら、チョコレートが冷えるのを待つ。
 ボールにココアパウダーと砂糖を入れ、トリュフを転がして粉をつけて――。
 「完成ー!!」
 むせ返るようなチョコレートの香りに包まれて、千尋は両手を挙げ万歳した。
 ココアパウダーが宙を舞って、顔や髪につく。
 すでにチョコレートまみれの千尋は、一切気にしなかった。
 ここで気を抜かず、最後の仕上げ。ラッピングに突入する。
 失敗を見越して沢山作ったトリュフチョコレートの中から、選りすぐりを10個箱に詰める。
 ラッピングは、不器用でも見栄えのする和紙を使った簡単なものだ。
 
 時計を見るとすでに5時。
 片付けを済ませた頃には6時近かった。
「調理時間2時間って書いてなかったっけ?」
 時間はかかったものの、上手に出来たトリュフチョコレートを見ると、満足感から笑みがこぼれる。
「よっしっ!頑張るぞ〜!!」




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