有給休暇・1日目
1日目 5:00 油屋厨房

 朝っぱらから厨房を使っているのは誰?
 後姿でもわかる。この艶やかなパッツンオカッパは、帳簿係のハクである。
 一見、見過ごしてしまいそうだが、ハクはいつもの水干姿ではなく割烹着姿である。
 そして、楽しそうにおにぎりを握っている。
 もちろん、愛する千尋のためである。



「ハク様は、ご機嫌ねぇ」
「ホント」

 こっそり覗き見るのは、本日の朝食調理当番の湯女2名。
 眠い目をこすりつつ、調理場へやってきたら、先客がいた。
 しかも、それはハク様!と言うことで、2人は仕事そっちのけで覗きに徹しているのである。

「料理も上手だったなんて知らなかったわぁ」
「見てよ。割烹着姿も似合うわよ」
「何か、ブツブツ言ってるけど・・・」
「聞こえる?」
「わかんない。何だろ?」

「ブツブツ・・・千尋が私を好きになりますように」

「・・・聴いた?」
「聴いた」
「あれ、本物?」
「どう見てもね」
「信じられないわぁ」
「だけどさ、前から千には御執心だったじゃないの」
「まぁね。でも、ハク様が千のためにまじない握り作ってるんだもんねぇ・・・なんか信じられない」
「昨日、あんなにムキになって優勝狙った理由はこれだったのね!」
「あぁ・・・ダントツだったわよね」
「こんな現場目撃するなんて、滅多いにない機会よ。目ぇカッポジって見なきゃ」
「逞しいわね」
「後で、皆にも報告しましょ」
「え・・・でも・・・ハク様が・・・」
「千に会いに行って留守にするわよ。その間に広めれば良いんだから」
「でも・・・」

カタンッ
「ヤバッ!!」



「誰だっ!!」
 物音がしたような気がして、私は手を止めて辺りを見回した。
 朝特有のリンとした空気。
 鼠の子、一匹すらいない。

「気のせいか・・・」
 私は、身体の向きを元に戻し、最後のいんげん豆を詰め込んだ。
「さぁ、出来た」

 千尋のために、心をこめて作った弁当の完成だ。
 我ながら、良い出来。
 栄養も色合いも、千尋の好みまで考えて作った弁当だ。

 ふたりの思い出の品、おにぎり(おかか、鮭、梅干、佃煮、焼きたらこ)、筑前煮(もちろん人参は飾り切り)、ほうれん草のおひたし(白胡麻つき)、ふっくら出汁巻き卵(昆布出汁で上品に)、ワカメと蛸の酢の物等等・・・。
季節の彩りに、私特製の栗金団まで入れてみた。

「これなら、千尋も喜んでくれるだろう」
 考えるだけで、頬が緩む。

 少し時間は早いが、一刻も早く千尋に会いたくて、千尋と同じ世界に居たくて、私は油屋を出た。

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     7:00 荻野家

 休日の朝。
 荻野家の台所には明かりがともっている。
 そこには。
 包丁の音と美味しそうな匂い・・・ではなくて、焦げ臭い匂いと、一人娘千尋の大いなるため息。



「はぁぁぁぁぁぁぁ」

 お弁当作ろうと頑張った。
 ハクに自分で作ったお弁当を食べてもらいたかった。
 けど。
 おにぎりはボロボロ。
 真っ黒卵焼き。
 パサパサから揚げ(外は真っ黒)。
 などなど。
 台所はすごい状態になっている。

 どうして、ハクみたいに上手く握れないんだろう?
米粒のいっぱいついた手を穴のあくほど見つめる。惨めになってくるほど・・・下手だ。

 でもって、この惨状を何て言い訳しよう・・・。
 ため息くらいつきたくもなる。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
 私は、今朝何度目か解らないため息をついた。

「もー!千尋っ!何してるのっ!?」
 異臭を嗅ぎつけて起きてきたお母さんが、頬を引きつらせて入り口に立ち尽くしている。
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
 私は、申し訳ない気持ちでいっぱいで、肩をすくめた。

 自分でも、本当に悪いと思っている。
 お母さんがブツブツ言いながらも綺麗にしておいた台所を、散らかせるだけ散らかして。食べ物を無駄にして。情けなくて、申し訳なくて・・・。

 だけど、お母さんは私を通り越して違うところを見ていた。
 私の後ろには・・・煙をあげる鍋。油の入った鍋が・・・。
 お母さんは、一瞬目を見開いて、叫んだ。
「火、消しなさいっ!火っ!!」



「まったく・・・・・・危ないんだから。何してるのよ?」
 もう、何を言われても耐えるしかない状況で。
 言い訳するのも諦めて、きゅっとエプロンを握り締めた。
「お弁当、作ろうと思って・・・」

 お母さんの返答は、的を得ているだけに、痛かった。

「これが?」

「・・・・・・」
 何も言い返せずにいると、お母さんは安心したのか呆れたのか、ちょっと解らないため息をついた。

「お米は硬すぎ。これじゃぁ、おにぎりになんてならないわ。卵もこんなに焦がして・・・火が強すぎるのよ。・・・これは何?」
「から揚げ・・・」
「炭にしか見えないわね」

 グサッ!!
 でも、確かに・・・。

「危ないから、一人で揚げ物なんてやめてちょうだい。肉が焦げた程度ですんで、火事にならなかっただけ良かったわよ」
「・・・・・・」
 
 私は、ここまで言われてもまだ諦めきれずに、お弁当になりそこなった残骸を見つめた。

 そんな私の様子を見て、お母さんが一言。
「千尋が料理できないことくらいすぐバレルんだから」

 恨めしげにお母さんを見返すと、
「嘘ついてまで無理しなくても良いじゃない」
と付け加えた。

「・・・・・・」
 本当にそれはその通りで。おそらくハクも私の料理に何にも期待してなんかいないだろう。
 だけど、だからこそ、頑張ってビックリさせたかったのに。

「はぁぁぁぁぁぁぁ」
 ガッカリ。

「それよりも、遅刻する方が大問題ね。時間は良いの?」

 壁の時計に目を向けた私は、ぽかんと口を開けたまま、立ち尽くした。
「ぎゃぁぁ〜〜!!」

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    9:00 トンネル前

 遅い。
 待ち合わせの時間になっても、千尋は来ていない。
 忘れたわけではないだろうし。

 やはり、早く来過ぎたのだろうか?

 私は、いつも待ち合わせ場所にしているトンネルの前で、せわしなく歩き回っていた。

 まさか、事故にでもあったのでは・・・。

 私は自分の想像にぞっとした。
 こんなことなら、千尋の家まで迎えに行くのであった。
 毎回、そう申し出るのだが、千尋は頑として断るのだ。

 この辺りの木々の葉も、紅くなり、枯れ落ち、すっかり秋の気配である。
 過ごしやすい季節はあっという間で、朝方などは少し肌寒いくらいだった。
 もちろん私は平気だが、千尋にとっては辛いのではないだろうか。
 冬の川には、誰も入りたがらなかったから。

 私は弁当の入っている懐を、服の上から、そっと押さえた。
 喜んでくれるだろうか。

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    9:10 荻野家玄関

 台所で格闘している間に、遅刻ぎりぎりの・・・遅刻決定の時間になってしまった。
 大慌てで準備を済ませて家を出ようとしていると、後ろからお母さんに呼び止められた。

「千尋、ちょっと待ちなさい」
「え・・・何?」
 お小言でも言われるのかと思って(言われても仕方ないことはやったし)身構えた。
 でも、それは勘違いで。

「これ」
 そう言ってお母さんが差し出したのは、一万円札。
「?」
 何だろう?
 お母さんが言いたいことが、よく解らない。

「デートなんでしょ?軍資金よ」
 驚いた。
「でも・・・」
 毎月、お小遣いは貰っている。
 余分に貰うのは、なんだか悪いような気がする。

 それに、どうしてデートだって解ったんだろう。
 いつもいつもバレちゃうんだなぁ・・・。
 本当に、お母さんってば侮れない。

「良いから。持っていきなさい」
「だけど・・・良いの?」
 やっぱり、悪いなぁ・・・って思って訊き返す。
「大丈夫。お父さんには内緒よ」
 お母さんは、唇に人差し指を添えて、片目を瞑った。

「ありがと、お母さん」

 私は、お母さんに手を振ると、今度こそ急いで家を出た。

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    9:30 トンネル前

 千尋の気配が近づいているのを感じ、私はほっと息をついた。
 時間に遅れたのは問題だが、何よりも千尋に無事会えることが一番嬉しい。

 千尋は私の前まで来ると、苦しそうに荒い息を整えている。
 どうやら、走ってきた為話もできないくらい息が乱れているようだ。

「ごめんなさいっ!遅れちゃった・・・」
「良いよ。それよりも、何処へ行く?」

 千尋は、真面目な顔になって、息を整え言った。
「コハク川に行ってみたいな」

 それは意外な答えで、私は正直驚いてしまった。
 驚くと同時に、嬉しくもあった。
 千尋が私を想ってくれている、ということだから。

「じゃぁ、コハク川の源流付近だった所へ行こうか。今は紅葉の季節だし綺麗だよ」
「うん」
 千尋は元気に頷いた。

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    10:00 トンネル前

 行き先が決まると、ハクの行動は早かった。

 ハクは、私に背を向けてすっと屈んだ。

「さ、お乗り」

 えっ!?
 お乗りって言われても・・・。
 私はどう対応したら良いのかわからなくて、一歩後ずさった。
 あまり大げさに断るのも、ハクに悪いような気がしたし。
 だからって、このまま「いざっ!」って風にハクの背中に乗るのもなぁ・・・。

 竜の姿になってから乗った方が良いのに・・・。

 なかなか動こうとしない私を、ハクは待っている。
 気まずそうに視線を送った私と目が合うと、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔に、脅迫的なものを感じ取った私は、しぶしぶながらもハクの背に身を任せた。

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    10:00 トンネル前

 私の背に乗ることが許されているのは、千尋だけだ。
 それから・・・千尋のおまけとして千尋が望むならば、坊ネズミとハエ鳥も乗せてやらないでもない。坊のままなら断じてお断りだが。

 私が背中に乗るように、と言うと、千尋は少し躊躇っていた。
 おそらく遠慮していたか、心配していたのだろう。
”大丈夫”と伝えようとして、微笑みかけると、千尋はようやく決心したようで私に乗った。

 私はそのまま人型から竜の姿へと変化し、大空へ舞い上がった。

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    12:00 

「お腹がすいたろう?さ、お食べ」

 そう言うとハクは懐に手を入れて、そこからお弁当を出した!
 朱塗りの大きな重箱だっ!!
 そりゃぁ、以前も私の服とおにぎりを入れてたことがあったけど。
 どうやって、入ってたの〜!?

 思わず声をあげそうになって、私は慌てて手で口を塞いだ。
 ハクが怪訝そうに私を見ているので、慌てて笑顔を作って
「わぁ〜!凄い!ハクが作ったの??」
と言った。

 ハクは「そうだよ」と答えると、白くて長い指をそろえて重箱の蓋を開けた。
 おぉ〜〜!眩いほど見事な作品(もう、こう呼ばせてもらいますっ!)の数々・・・。
 縦にして懐に入れていたはずなのに、ちっとも片寄ったりしていない(何故!?)。

 ハクって凄い!凄いけど・・・自信なくしちゃうなぁ。
 私は朝の真っ黒から揚げを思い出して、ちょっと気落ちした。

「千尋のために作ったんだ。さぁ、お食べ」
 ハクはにっこり笑うと、私に箸をくれた。これも漆塗りの箸。

「いただきます」
 箸を持ったまま手を合わせて言う。
 まずは、ハクの力量を問うふんわり出汁巻き玉子から・・・。
 パクッ!
 モグモグ・・・。
 その間も、ハクはじぃ〜っと私を見ている。気になって、ちょっと食べにくいな。

 それにしても。

 お、美味しい。

 美味しいのは嬉しいけれど、やっぱり私の黒くて苦い卵焼きを思い出して、涙が出そうなくらい情けない。
 ハクの作った出汁巻き玉子は、まさに黄金色でほんのり甘くて、私好みの味だった。

「美味しいよ、ハク」
 悔しいけれど、負けを認めないわけには・・・。
 そんな私の心なんて知らないだろうハクは、嬉しそうに微笑んで、
「良かった。さ、おにぎりもお食べ」
と言った。

 ハクお手製おにぎりと言えば、二人の思い出の食べ物☆
 私はこうなったら遠慮なく手を伸ばした。

 ところが。

「それは、梅干入り」
 私が手に取りかけたおにぎりに、ハクがそう注釈をつけた。
 その途端、私は思わず手を離す。

「・・・梅干嫌い」

 そう。
 あのスッパイのが苦手なの。
 前は何にも入ってなかったのに、どうしてよりによって梅干なの?
 でも、ハクは優しいから許してくれるかな?
 残しても良いよ、とか他の具もあるよ、とか。

 だけど、ハクはそれまでの笑顔を引っ込めた。

 こ、怖い・・・。

 ヤダな、こんなことなら言わなきゃ良かった。

「千尋」
「は、はい・・・」
「お食べ?」
 口調は優しく、にっこり微笑んで言ってるのに、どうしてこんなに怖いんだろう・・・。

 逆らってはいけない限界にきているのを察知して、私は息を止めて一気におにぎりを口の中に頬張った。

「美味しいだろう?」
「ふっ・・・ふん(う、うん)」
 これ以外の答えは許されなかったに違いない。

 ハクは満足したように頷いた。
「もっとお食べ。こっちは鮭が入ってるよ。これは佃煮。おかかと、焼きたらこもあるんだよ」

 そんなに沢山の種類があるのに、梅干を取ってしまう私って・・・(涙)

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    13:00
「落ち葉を集めておいで。せっかくだから焼き芋を作ろう」
「焼き芋っ!」
 千尋は嬉しそうに顔を輝かせた。
 この笑顔を見るのが一番の幸せだ。
 千尋のために作ったお弁当も、十分彼女を喜ばせることが出来たけれど、もっと喜ばせたいから。

「葉っぱ集めてくるねっ!」
 すぐにも駆け出しそうな千尋を、引き止める。

「松ぼっくりも一緒に拾っておいで」
「松ぼっくり?」
 千尋の顔には、『葉っぱだけじゃダメなの?』と書いてある。
 私は、それをほほえましく思いながら、付け加えた。

「松ぼっくりはね、油分を含んでいるから燃えやすいんだよ。だから着火材として使 うんだ」
「あっ!そうかっ!前、お父さんも言ってたよ」
 千尋は楽しそうに言ったけれど・・・。

 お父さん?

 いくら実年齢は私のほうが上とは言え、それはあんまりなのでは・・・。



 こんもりと落ち葉を集めて、準備が整った。
 懐から、サツマイモと『湯屋新聞』を取り出す。

 千尋が、驚いたようにこちらを見た。
「どうしたの?」
 声をかけると、千尋は首を振った。
「なんでもないよ」

 おそらく、私の用意の良さに驚いたに違いない。そう思うと、少し気分もいい。もう ちょっと驚かせてみようか。

 私は、ふっと『湯屋新聞』に息を吹きかけた。
 すると、乾いていた新聞は一瞬にして水に濡れた状態になる。
「わぁぁぁぁ!!!スゴイスゴイ!!今のどうやったの!?」
 この反応は、頗る気分が良い。

 焼き上げるまでには、まだまだ時間がかかる。

「秘密」
 川の神だった私にとって、水を使うことは容易いことだ。
 種明かしをしても良かったが、考えるのと一緒に表情もくるくると変わる千尋が愛らしいので、そのまま見ていることにした。

 デートとは楽しいものだ。





遊びの筈が(今でも遊びですが)書いているうちに長くなってしまいました・・・。
まだまだ続きます(苦笑)





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