「明日は学校なの」
ハクの動けるようになるのを待って、私達はディズニーランドを後にした。
あんまり気分が優れないんだろうな、ハクはほとんど口を開かない。
私も自然と口数が少なかった。
でも家に近づいて来て、私は思い切って言った。
「ハクと一緒に居たいけど、自分の役目を放り出しちゃいけないと思うの。ハクもそう思うでしょ?」
「・・・・・・そうだね」
「私ね、湯屋にいた時に学んだんだよ?ハクのおかげだね」
ハクの沈んだ声はきっと気分が悪いからだ。
そう決め付けて、私は一気に話した。
「そう・・・。では、千尋はその・・・学校にお行き。せっかくだから、私も行ってみようかな」
「えっ!!」
私はビックリして、自分が居るのがハクの背中だってことも忘れて身を起こした。
ぶわっ!と風を受けて、慌ててハクにしがみつく。
「嫌?」
「あ、あのっ、嫌じゃないんだけど・・・嫌じゃないけど、ハクは部外者だし、目立つし・・・その・・・・・・」
私はゴニョゴニョと語尾を濁した。
私だって、ハクとは一緒に居たい。
だけど、それをグッと我慢しての決断だったし、ハクが学校に来たからって二人で遊べるわけでもない。
私は授業を受けて他の人と話して遊んで。
ハクはその間ずっと私を見ているわけでしょ?
・・・あんまり楽しくない。
そのシチュエーションは嫌い。
そんな私の気持ちを知らないハクは、にっこり微笑んで
「そのことなら心配することはない。千尋以外の者には見えないようにするから」
と言った。
「あ、うん・・・だけどね・・・」
私はなんとか避けようと言葉を捜す・・・けど。
「なに?」
「あの・・・そのぉ・・・」
「つまり、千尋は私に来て欲しくないと?」
「そう・・・じゃないんだけど・・・」
「では、なに?」
「だって・・・ずっとハクに見られてたら、集中できないじゃない」
「だから、来て欲しくない?」
「・・・来て欲しくないって訳じゃないけど・・・」
「では行っても構わないね?」
「う・・・う〜〜〜ん」
「また明日ね」
「あっ・・・」
私の手は、むなしく空を舞った。
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3日目 5:00 油屋
私の知らない、私と居ない時の千尋を見れる、と言うことで、少なからず興奮していたのだろう。
私は、予定より随分早くに目が覚めた。
弁当はいらない!と昨日念を押され、私は渋々ながら承知した。
千尋の言うには、弁当を持って行かずとも、食事が出されるらしい。
それでも、弁当を持って行ってはいけない、わけではないだろうに・・・。
昔の記憶を辿ると、”学校”の始まる時間よりは随分早い。
おそらく、千尋もまだ夢の中なのではあるまいか?
しかし、私はそれを承知で、すぐに身支度を済ませると油屋を出た。
今日で有給休暇は終わりだ。
その間に見ておきたいものがあった。
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5:30 油屋
昨日、ハクの邪魔をしてやろう!と思ったのに、ハクには敵わなかった。
坊はハクに復讐するんだっ!!
ハクの邪魔をして、ハクが面白くなくて、坊が楽しくなるんだぞっ!!
・・・ついでに、湯女達がハクのことを話して、キャーキャー言ってるのも、なんだか気に入らない。
ハクが居ない間に、坊はバーバに頼んだんだぞっ!
散々泣き喚いて、ドアや床やカーテンを壊したら、バーバは千尋のところへ遊びに行っても良いって言ってくれた。
もう、甘えない!と決心していたのに・・・。
甘えてるんじゃないぞ!坊はバーバを利用しただけなんだぞ!
坊は坊に、そう言い聞かせた。
バーバが、リンを坊の”お目付け役として”一緒に行かせることも、誰かが一緒の方が心強いから、内心ホッ!
リンの肩は、千よりも、もっと高いんだぞっ!
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「よしっ。もう良いぞ」
物陰からこっそりハクの様子を窺っていたオレは、片手を挙げて坊に合図を送った。
まったく、ハクのヤツ、休みだってのに早起き過ぎる。
朝湯に入る客も、もちろん居るので、早起きには慣れてるけど、休みの日くらいゆっくり寝ようぜ〜。
おかげで、後をつけるオレらも一苦労だ・・・。
坊は、チョロチョロと走ってオレが居る場所まで来ると、肩でゼイゼイ息をした。
「ったく、しょうがねぇなぁ・・・。ほら、乗りな」
差し出された腕に駆け上る元気もなくて、結局ハエドリに抱えられ、オレの肩へ乗る。
見える世界が変わったことが、坊は嬉しくて周りをキョロキョロと見回した。
「わっ!お前、暴れるなよっ!頭にしがみつくなって!!ダー!!髪を引っ張るなっっ」
本物のネズミとハエなら、間違いなく振り払ってやったけど、雇い主の1人息子じゃ、そうするわけにもいかない。
オレは、中途半端に手を振り、足をバタつかせた。
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6:00 油屋
早朝の冷たい風が、頬をかすめる。
背後にリンと坊とハエドリの気配を感じたが、放っておいた。
おそらく、昨日のことに懲りず、再び仕掛けてくるつもりなのだろう。
大人しく彼らの目論見に嵌るつもりもなかったし、その前に撒いてしまえる。
私は独り、杜に立っていた。
休暇初日に千尋と訪れた、コハク川源流付近の杜。
トンネルから、直接ここへやって来た。
人気のない杜で、私は首を90度上げて空を見上げた。
目の前に広がる紅、紅、紅。
風が吹くたびに、紅い葉がひらひらと舞い落ちてくる。
私は杜の向こうにある社殿へと視線を移した。
全てのモノが主は不在だと・・・いや、会うことは叶わぬと告げていた。
「やはり、この時期は・・・」
それを承知で。予測しておきながら来たのだ。
私はすぐに頭を切り替えると、人の姿のまま山を下った。
少し歩きたい気分だった・・・。
今は唯、千尋と共に過ごす時間のことだけを考えよう・・・。
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7:00 荻野家
月曜日の朝は絶対自分で起きれない。
「・・・」学校休みたい」
お母さんが起こしに来てくれたけど、頑固に布団にしがみついて私は言った。
「遊びまわったから、風邪ひいたんじゃないの?」
言いながら、お母さんは私の額に手を当てた。
「熱はないみたいね」
そんなことは、私が一番良く判ってる。
「どこか具合が悪いの?」
「ううん」
私は布団をきゅ〜っと握り締めて鼻が隠れるくらいまで引き上げた。
「テストがあるとか?」
「・・・そうじゃないけど・・・」
ハクに会いたくないわけじゃない。
会いたいけど。
一緒に居たいけど。
学校で、一方的に見られるのが嫌・・・なのかなぁ。
クラスメイトだったら、良いのかなぁ・・・。
私にとって超現実の学校にハクが居るなんて、変な気分。
昨日から考えているけど、なんとなく嫌から先に考えがまとまらない。
これじゃ、ハクを説得するのは不可能だよ。
「まさか虐められてるわけじゃないでしょうね?」
お母さんの顔が近づいた。
冗談かと思ったけど、目が真剣だ。
本気で心配しているんだろう。
現実主義でいつもクールだけど、虐められてるなんて言ったら、学校に乗り込んで来かねない。
「違うってば」
「ホントに?お母さんに嘘ついてないでしょうね?」
「ないない」
こうなったら・・・。
行くしかないでしょう。
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7:30 通学路
私は、千尋が家から出てくるのを待っていた。
少しでも、千尋の側にいたかったからだ。
千尋の後姿に声をかけると、千尋はビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り返った。
「あ、ハク・・・。おはよう」
ばつが悪そうな表情。
朝早いので、まだ眠いのだろうか?
油屋に居た頃は、寝起きは悪くないように感じたけれど?
「おはよう。よく眠れた?」
「うん・・・寝坊しちゃったくらい」
へへっ、と千尋が笑顔を見せる。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「あのね、私いつも一緒に学校に行ってる子がいるんだけど・・・」
「もうすぐ、その子の家なの。だから・・・」
「解った。私は姿を消そう」
「ごめんね?」
「大丈夫。私は千尋を見ているから」
私がそう言うと、千尋は眉を下げて複雑な表情を見せながら、曖昧に頷いた。
見つめあっていないと、姿が見えないと不安なのだろうか?
・・・それは解るなぁ(しみじみ)。
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「ったく〜!ハクのヤツ、どこに行ったんだ!?」
「チュッ」
リンは、ブツブツ言っている。
坊が返事をしたら、リンはこっちを怖い顔で見た。
「チュッ、チュ〜〜」
「お前は良いよなぁ〜〜。そうやって人に運んでもらってさ?おいっ!千がどこに居るかくらい解んねぇのか!?」
「チュゥ〜〜」
自分だって知らないくせに〜!って言うのは怖かったから言わなかった。
リンは怒って、坊にプイッとした。
でも、すぐ言った。
「あっ!なんだ!?変な連中が居る!」
リンが指差したのは、色んな色の子供!同じようなカタチのものを背負って、いっぱい固まってる。
「子供の集団・・・ってことは、千もいる可能性が高いな!よしっ!坊、行くぞっ!!」
「チュ〜〜!!」
もうすぐ千に会えるぞっ!
ちょっぴりオトナになった坊が会いに行くんだぞっ!!
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10:00 学校
そわそわ。
そわそわ。
落ち着かない。
ハクってば、どこから見ているんだろう?
ハクの前で大恥かいちゃったらどうしよう・・・。
誰かにハクを見られたらどうしよう!!
1時間目から・・・ううん。正確に言うと学校に着く前から、落ち着かない。
登校途中に一旦別れてから、一度もハクを見ていないんだもん。
てっきり、ずっと側に居るだろうと思ってたから、かえって落ち着かなかった。
どこから見られているのか解らないのが、一番気になっちゃうよ。
はぁぁぁぁぁ。
ダメだ。
ちっとも集中できないよ。
あまりキョロキョロするわけにもいかないし、私は一人でドキドキしっぱなし。
あ〜〜。先生、今日は当てないで〜〜!!
今、目の前で説明してる問題も解らないっ(涙)
いつも思うことだけど、今日は特別っ!
明日も明後日も当てて良いから、今日だけは勘弁してっっ!!
あとPTAの時も・・・
お母さんのご機嫌取り、大変なんだよ〜〜(涙)
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物珍しさも手伝って、千尋を放って学校の中を一回りしてから。
流石に、千尋が寂しがっているのでは?と心配になり、私は千尋の気配を辿りながら彼女の下へやって来た。
千尋は、落ち着かなさそうで、あちらこちらを眺めては、眉根を寄せ難しそうな顔をしている。
『自分の役目を放り出しちゃいけないと思うの!』なぁんて言ってた割には、その役目には集中できていないようだ。
こんなことならば、あと一日休んでも良かったのでは?
私はそう思ったけれど、何よりも千尋の意思を尊重したいのも事実。
それに、私が側に居ないので、不安なのかもしれないではないか。
そうだ。
私は自分のことばかり考えて、千尋の寂しさを考えていなかったのだ。
・・・反省。
私は、スッと千尋に近づくと(当然誰にも見えない。誰も気付かない)声をかけた。
「ちゃんと勉強してる?」
千尋は、驚いて勢いよく顔を上げた。
その勢いを保ったまま、頭を左右に降る。
「えっ!?ハ、ハク??」
私は、にっこりと微笑んだ。
「おーい、荻野!独り言か〜?誰と話してるんだ〜??今の所は、何も疑問なんかないはずだぞー」
前に立っている、この部屋で唯一の大人の男が言うと、他の子供達もいっせいに笑い出した。
千尋は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
驚かしてしまったことが原因なら・・・済まないことをした。
そのとき。
撒いたはずの坊とリンが現れた!!
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がった〜ん!
机と椅子が倒れた音が、教室中に響いた。
その席に座っていた子も、周りの子も、何が起こったのか解らずに、ぽかんと口を開けている。
さっきまで笑い声に包まれていた(私を笑って!!)教室が、一気に静まりかえる。
坊が、勢いあまって倒してしまったの!
「大丈夫。彼らには、坊の姿は見えていない」
ハクが囁いた。
だけど。
そういう問題!?
私には見えてるよ!?
誰か見える人が他にも居たって、おかしくはない。
その子、この騒ぎは私のせいだってバレちゃったら・・・。
ひぃぃぃぃぃ!!!
もうっ!!坊の馬鹿馬鹿馬鹿っっっ!!!
「心配要らないよ。たとえ誰かに見えていたとしても、他の者は信じないから」
・・・それはそれで、面白くないんですけど。
私は錯乱者か霊能力者扱いじゃない!
ちょっとハクの方を見ていた間に、坊が、私のすぐ目の前に来ていた。
急に目の前に現れたので、驚いていたら。
「セ〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!」
坊が。
私に。
飛び込んできた。
ぎゃぁぁぁぁぁ!!!
私は、椅子もろとも、後ろの席の机に倒れこんだ。
「いったぁ〜〜」
そして重い〜。
なんでネズミ姿じゃないんだろ・・・。
そのまま、目を回して、保健室に運ばれちゃったんだけど。
周りの皆には、一人ですっ転んだように見えちゃったんだろうなぁ・・・(泣)
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あーあ。
千、寝ちゃった。
おかしいな?
坊は、ただ遊んで欲しかっただけなのに・・・。
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11:50 保健室
「千ー!!会いたかったぞぉ〜〜!!な〜んか、大きくなったなぁ」
オレは、力の限り千尋を抱きしめた。
苦しそうな千尋のそばで、ハクは仏頂面をして立っている。
その表情を横目で見つつ、オレは内心舌を出していたし、坊ときたら大喜びだった。
満足そうに飛び跳ねている。
(ただし、ハクが坊をネズミ姿にしちまったけど)
「こんな所まで来て、一体どういうつもりだ?」
腕を組んで、ハクが言った。
千尋が思わず驚くほど冷たい声。
さっきまで喜び勇んでいた坊も、すっかり萎縮してしまっている。
その場の中で、一人だけオレは緊迫した雰囲気に染まらずにいた。
ハクの言うことなんか聞こえな〜い、とでも言うように、斜め上に視線を向け耳を弄ぶ。
「べっつにぃ〜。あたい達も休暇もらったからさ、千に会いに来ただけだよ。な」
オレは、そう言うと千尋と坊に、にっ!っと笑って見せた。
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15:00 トンネル前
まったく!!
せっかくのデートが台無しだ。
今日は最終日だったと言うのに・・・。
私は、坊とリンを無理矢理先に帰らせ(2人とも、イヤになるほど不平を言ったが、そんなことに構ってはいられない。何事かあったとき、責任を取らされるのは、彼らではなく私なのだから)私は、ようやく一心地ついていた。
しかし、思い出してみても腹が立つことに、せっかくの千尋とのデートが
また来年の・・・いや、新年会・・・忘年会の景品を有給休暇にしよう。
ハクは自らの考えに満足し、一人にっこりと微笑んだ。
END
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